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	<title>音楽瞑想で心と体を健康に</title>
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	<description>深いリラクゼーションが得られる音楽瞑想のご案内</description>
	<pubDate>Thu, 31 Jul 2008 02:43:20 +0000</pubDate>
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		<title>予言</title>
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		<pubDate>Thu, 31 Jul 2008 02:37:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[瞑想者の日記]]></category>

		<category><![CDATA[予言]]></category>

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		<description><![CDATA[　■予言はいつも当たらない
　予言をする人がいます。
　○月×日に、大災害が起こるであろう、などと。
　古くは、1999年7月に、人類が滅亡する、という予言がありました。
　最近では、大地震についての予言が世間を騒がせて [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>　■予言はいつも当たらない</h3>
<p>　予言をする人がいます。<br />
　○月×日に、大災害が起こるであろう、などと。</p>
<p>　古くは、1999年7月に、人類が滅亡する、という予言がありました。<br />
　最近では、大地震についての予言が世間を騒がせています。</p>
<p><a href="http://www.calmind.com/wp-content/uploads/2008/07/cw129_l.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-110" title="cw129_l" src="http://www.calmind.com/wp-content/uploads/2008/07/cw129_l-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>　こうした予言は、まず、当たりません。<br />
　みんな、それを知っていて、予言を話題として楽しんでいるような傾向があります。</p>
<p>　予言があろうと、なかろうと、この世には、いつ、何があるか、わかりません。<br />
　多くの不幸なできごとは、何の予兆もなく、突然、おとずれるのです。</p>
<p>　ですから、我々は、ふだんから、<br />
「いつ、なにが起こるか、わからない」と、覚悟を決めておかなければなりません。<br />
　と同時に、今日の無事を感謝する。<br />
　それだけで、いいのではないか、と思うのです。</p>
<p>　予言をする人は、ビジョンが見えてしまう人です。<br />
　それが現実になると、「自分には予知能力があるのでは」などと思いますが、それは、たまたま。<br />
　当たり続けることはありません。</p>
<p>　宇宙は、全体としては安定しながらも、どんどん変化しており、その変化を予知することはできないからです。<br />
　ビジョンにとらわれたり、過信しては、いけないのです。</p>
<p>　(C)長谷川　雅一　／本記事の転載、転用を固く禁じます。　</p>
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		<title>音楽瞑想</title>
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		<pubDate>Sat, 26 Jul 2008 11:38:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[瞑想者の日記]]></category>

		<category><![CDATA[アイデア]]></category>

		<category><![CDATA[音楽瞑想]]></category>

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		<description><![CDATA[　■突然降ってきたアイデア
　当初、単に、瞑想体験や、心の問題について、気ままに書こうと立ち上げた、このサイト、「カーンマインド(Calmind)」でしたが、今日(2008年7月26日)、ランニングをしていて、ふと、「音 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>　■突然降ってきたアイデア</h3>
<p>　当初、単に、瞑想体験や、心の問題について、気ままに書こうと立ち上げた、このサイト、「カーンマインド(Calmind)」でしたが、今日(2008年7月26日)、ランニングをしていて、ふと、「音楽瞑想のシステムを創りたい！」という、アイデアが降ってきました。</p>
<p><a href="http://www.calmind.com/wp-content/uploads/2008/07/eg076_l.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-91" title="eg076_l" src="http://www.calmind.com/wp-content/uploads/2008/07/eg076_l-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>　こういう思いつきは、いつも、形にすることにしているので、今回も、形にしたいと思います。</p>
<p>　これは、要するに、音楽CDを使って、手軽に瞑想、あるいは、リラクゼーションができる、音楽＋αの、オリジナルの瞑想(リラクゼーション)システムを創る、というアイデアです。</p>
<p>　僕の頭の中には、そのアイデアと同時に、具体的に、リラクゼーションに使うオリジナルの音楽や、それに付随した、リラクゼーションのための言葉なども、浮かんできました。</p>
<p>　現在、仕事が、とても忙しいのですが、僕の場合、忙しいときほど、こうした思いつきがあります。<br />
　そんなわけで、昨日まで「瞑想者の独り言」だった、サイトのタイトルを「音楽瞑想で心の安らぎを」と、変えました。<br />
　なるべく早く、詳しいご案内が書ければ、と思っています。</p>
<p>　(C)長谷川　雅一　／本記事の転載、転用を固く禁じます。</p>
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		<title>瞑想教室</title>
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		<pubDate>Thu, 24 Jul 2008 14:58:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[瞑想者の日記]]></category>

		<category><![CDATA[TM瞑想]]></category>

		<category><![CDATA[瞑想の受講料]]></category>

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		<description><![CDATA[　■瞑想を人に勧められなくなった理由
　僕は、TM瞑想を習い、ずーっと、やっているわけですが、何年か前から、その受講料が、とんでもなく高額になってしまって、人に勧められなくなりました。
　僕が学んだときは、10万円ぐらだ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>　■瞑想を人に勧められなくなった理由</h3>
<p>　僕は、TM瞑想を習い、ずーっと、やっているわけですが、何年か前から、その受講料が、とんでもなく高額になってしまって、人に勧められなくなりました。</p>
<p>　僕が学んだときは、10万円ぐらだったと記憶しています。<br />
　それでも、安くはありませんが、今は、その３倍ぐらい、するはずです。<br />
「これ、いいですよ」と、気軽に、人に勧められる金額では、なくなってしまいました。</p>
<p><a href="http://www.calmind.com/wp-content/uploads/2008/07/dm177_l.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-70" title="dm177_l" src="http://www.pol-labo-2.com/wp-content/uploads/2008/07/dm177_l-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" /></a>　 </p>
<p>　◆瞑想を習うのにかかる費用は？</p>
<p>　先日も、ある瞑想指導者の本(TMではない)を読んでいたら、なかなか、いいことが書いてあったので、彼女のホームページを見てみました。すると、<br />
「初心者コース15万円也」<br />
　という、瞑想の受講料の案内が。(笑)</p>
<p>　もちろん、指導には、それなりの労力を必要とするわけですし、「タダでOKです」なんて言ったら、興味本位の人を含め、いろんな人が押し寄せるかもしれませんから、金額を設定することは、悪いことではないと思います。</p>
<p>　でも、瞑想の指導が、極端に商売優先になってしまったとしたら、それは、どうかと思います。<br />
　習いたい人が真剣なら、しかし、彼にお金がないのなら、タダで教えても、いいのではないか、と思うわけです。</p>
<p>　ただ、瞑想の本場のインドでさえ、瞑想を習うには、かなりのお金が必要なのだそうです。</p>
<p>　瞑想の指導者にも、生活があるわけだし、習う方も、お礼をしたいという気持が出てくるのは当然。<br />
　となれば、金銭のやりとりは、やむをえないのでしょうが、できるだけ安くして、より多くの人が実践できるようにして欲しいと思うのは、僕だけでしょうか。</p>
<p>　(c)長谷川　雅一　／本記事の転用、転載を固く禁じます。</p>
<p> </p>
<p>　</p>
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		<title>天上の音楽</title>
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		<pubDate>Thu, 24 Jul 2008 05:59:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[瞑想者の日記]]></category>

		<category><![CDATA[天上の音楽]]></category>

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		<description><![CDATA[　■瞑想中に聞こえてきた素晴らしい音楽
　最近、瞑想していたときのことです。
　突然、不思議な音楽が聞こえてきました。それは、とても心地よく、美しい調べでした。
「これは、記録しておくべきだ」
　と考えた僕は、瞑想を終え [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>　■瞑想中に聞こえてきた素晴らしい音楽</h3>
<p>　最近、瞑想していたときのことです。<br />
　突然、不思議な音楽が聞こえてきました。それは、とても心地よく、美しい調べでした。</p>
<p>「これは、記録しておくべきだ」<br />
　と考えた僕は、瞑想を終えたあと、メロディを書きとめようと、５線紙を探しましたが、見あたりません。<br />
　しかたがないので、Ａ４用紙に、手書きで、ささっと５線を引いて、そこに、聴いたメロディを書き留めました。<br />
　そして、その日は、そのまま、寝てしまいました。</p>
<p><a href="http://www.calmind.com/wp-content/uploads/2008/07/eg086_l.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-62" title="eg086_l" src="http://www.pol-labo-2.com/wp-content/uploads/2008/07/eg086_l-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" /></a></p>
<p>　次の日、前日、書きとめたメロディを、ピアノで弾いてみました。<br />
　そしたら、別に、大して、すばらしいメロディでも、なんでもなく、まあ、ありふれた感じの曲だったのです。<br />
　瞑想状態で聴いたときには、確かに、それは名曲だったのに。(笑)</p>
<p>　要するに、同じ音楽でも、聴こえ方が違う、ということですね。<br />
　同じ、ドレミでも、心の状態によって、それは、まるで、別の音楽のように聴こえる、ということです。<br />
　ちょっと、面白い体験でした。</p>
<p>　(C)長谷川　雅一　／本記事の転用、転載を固く禁じます。</p>
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		<title>特別な人たち</title>
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		<pubDate>Thu, 24 Jul 2008 03:11:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[瞑想者の日記]]></category>

		<category><![CDATA[オーラ]]></category>

		<category><![CDATA[前世]]></category>

		<category><![CDATA[霊能者]]></category>

		<category><![CDATA[霊視]]></category>

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		<description><![CDATA[　■この世に特別な人なんていない

　ときどき、テレビに、霊能者と呼ばれる人たちが出ていることがあります。
　僕の場合、能動的見るテレビ番組は、非常に限られており、すべて録画して見ます。
　そして、僕が、霊能者の出てくる [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>　■この世に特別な人なんていない</h3>
<p><a href="http://www.calmind.com/wp-content/uploads/2008/07/cp164_l.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-57" title="cp164_l" src="http://www.pol-labo-2.com/wp-content/uploads/2008/07/cp164_l-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>　ときどき、テレビに、霊能者と呼ばれる人たちが出ていることがあります。</p>
<p>　僕の場合、能動的見るテレビ番組は、非常に限られており、すべて録画して見ます。<br />
　そして、僕が、霊能者の出てくる番組を録画することは、ありません。(笑)<br />
　家族の誰かが、テレビをつけていて、偶然、目にすることがあるわけです。</p>
<p>　そういった番組で、霊能者と呼ばれる人たちは、相当に、ふんぞり返って、ものすごく威張って見えることが多いのですが、あれは、いったい、どういうことでしょうか。<br />
　総理大臣を含めて、政治家さんのほうが、まだ謙虚ですよね。(笑)</p>
<p>　あなたは、なんとかの生まれ変わりです、というような、誰にも証明できないことを「断言」していたり、「すべてお見通し」という感じで、大所高所から、人生のアドバイスをしていたりもします。滑稽だなあ、と思ってしまうのは、僕だけでしょうか。<br />
　彼らは、どうやら、「自分は特別な人間だ」と思っているようです。</p>
<p>　◆僕の「霊能者」体験</p>
<p>　僕は、かつて、霊能者と呼ばれる人に、霊視なるものを、してもらったことがありました。<br />
　そのときは、あることで悩んでいたので、「もしかしたら、なにか、解決のヒントが得られるかもしれない」と考えて、知り合いに、霊能者を紹介してもらったのです。</p>
<p>　その霊能者は、僕に会うなり、<br />
「あなたは、今日、私が、本物かどうか、試しにきましたね？　そうでしょう？」<br />
　と言いました。</p>
<p>　僕には、そんな気持は、みじんもなく、ただただ、問題の解決の、ちょっとしたヒントでもいいから得られれば、と考えていましたから、<br />
「まったく、そんなことは、考えていませんが&#8230;」<br />
　と答えました。</p>
<p>　その後の、彼女(霊能者は女性でした)との、やりとりは、すべてが、ちぐはぐ。<br />
「あなたの、亡くなったお母さんは、こんな方でしたね」<br />
　といった、話も、すべて、大はずれに、はずれていました。</p>
<p><a href="http://www.calmind.com/wp-content/uploads/2008/07/ee018_l.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-68" title="ee018_l" src="http://www.pol-labo-2.com/wp-content/uploads/2008/07/ee018_l-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>　◆霊視なんて必要ない</p>
<p>　そのとき、僕が思ったことは、<br />
「ああ、やはり、この世に、特別な人などいない。ただ、自分が特別な人間だと、思いこんでいる人たちが、存在するんだなあ」<br />
　ということです。</p>
<p>　テレビに出てくる、この手の人たちは、事前に、しっかり打ち合わせや取材をしているそうなので、大きなミスはしないようですが、それでも、たまに、生きている人を「霊視」してしまったりするようですね。(笑)<br />
　まあ、ショーとしては、人気があるのでしょう。<br />
　しょせん、テレビも商売ですからね。</p>
<p>　僕は、今、超有名な霊能者を含め、誰かに霊視してもらいたいなんて、まったく思いません。<br />
　自分の前世がどうだとか、オーラがどうだとかいう話にも、興味がありません。</p>
<p>　どう言われても、それが本当かどうか、わからないわけですし、本当であったにせよ、そんな情報には、なんの価値も意味もないと思うからです。</p>
<p>　普通に、常識的に努力しながら、与えられた命を、いっしょうけんめい生きればいいのではないか、と思うのです。</p>
<p>　(C)長谷川　雅一　／本記事の転載、転用を固く禁じます。</p>
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